ミキシングの最大の壁、
それはボーカルミックスです。
歌ものの楽曲において中心となる
ボーカルのミキシング処理は
その楽曲のクオリティの
良し悪しを決定するほど重要です。
ボーカルミックスは
エンジニア達によって
様々な方法論が編み出され、
時代に合わせ、
その都度刷新され続けてきました。
今回はそんなボーカルミキシングの
新時代の定番ソフト、
iZotope社のAIプラグイン、
Nectar3 Plusについて解説します!
CONTENTS
ボーカル用総合ツールNectar3とは?
Nectar3とは?
Nectar3は、
ミキシングの中でも
ひときわ重要な役割を持つ
ボーカルのミキシングに
特化したツールです。
OzoneやNeutronよりも
さらにボーカルに特化した
専門的ツールと言えます。
EQ、コンプレッサーなどの
標準のミックス機能のほか、
ディエッサー、リバーブ、ディレイなど
FX面で他iZotopeソフトと
差別化がなされています。
そのためボーカルの下地を整えたり
味付けをするほかに、
空間を作ったり、飛び道具的に
エフェクトを適用したりするなど、
ボーカルの質感や効果を
細かく追求できるソフトとなっています。
商品ラインナップは
なおOzone9やNeutron3と違い、
・Nectar3 Elements(下位版)
・Nectar3 Plus(通常版)
の2種類のみとなっています。
今回はそんなNectar3の主要な機能、
及び高品質なモジュール群について解説します。
AIによる2つのボーカルミキシング機能!
Vocal Assistant
Nectar3に搭載されている
AIによる自動ミックス機能です。
基本的にはNeutron3の
Track Assistantのボーカルバージョンと
考えてもらって構いません。
設定するのは
・Vibes(雰囲気)
・Intensity(かかり)
の2つだけです。
Vibesは、
Vintage・Modern・Dialogue
の3種類で設定できます。
この3種類のモードは
EQによる初期設定と
コンプレッサーを用いた
ダイナミクスの調整に違いがあります。
Intensityは設定によって
仕上がりが大きく変化します。
Intensityを
一番強いモード(aggressive)で
それぞれ適用してみて、
質感を把握してから再度かかりを調節し、
最後に手動で調整していくと
良い結果が得られます。
Unmask
Neutron EQに搭載されている
マスキングメーターと
似たような機能となっていますが、
こちらは実際にEQカーブを適用し、
被っている帯域をマスキング処理します。
Mix Assistant同様、
Relayをマスキングが想定される
トラックの最後段にインサートします。
他のエフェクトが掛かっていることも含めて
マスキングを処理するため、
必ず最後段にインサートしてください。
またこちらもMix Assistantと同じように
Neutron3マザーシップや
Nectar3のマザーシップを
Relayの代わりに挿しても動作可能です。
被っている帯域に
マスキング処理をすることで
声を前に押し出し、
トラックの中でより聴きやすく
仕上げることが出来ます。
またNectar3 PlusはUnmaskに
ダイナミックEQや
サイドチェイン機能が搭載され、
入力レベルに応じて機能の掛かりが
自動で変化するようになりました。
前述のVocal Assistantと
同時に使用することができ、
かなりの時短になります。
またマスキングしている楽器に
インサートされたRelayには、
Unmask機能を使用後、
Unmask処理をオン・オフ
できるボタンが生成されます。
Soloモードなどでボタンをオン・オフし、
どのように変化したかを
モニタリングすれば
マスキングの効果をより体感しやすいです。
ボーカルに必要なものは全てここに!各モジュールを解説!
ボーカル特化のプラグインということで、
マルチバンドのモジュールはなく、
単体のトラックを追い込んでいく仕様の
モジュールが数多く搭載されています。
リバーブ、ディレイ
といったFXも搭載しているため、
意外とモジュール数は多いです。
Nectar3 Compressor
標準的なコンプレッサーです。
他のiZotopeモジュールと比べると、
動作モードの種類の多さが特徴的です。
以下の4つのモードで動作します。
【Digital】
色付けをほとんど行わない
デジタルコンプレッションの特性を持ちます。
正確なコンプレッションですので、
色付けを行わず確実に
かつナチュラルに潰したい場合におすすめです。
【Vintage】
アナログのコンプレッサーの特性を
忠実に再現したモードです。
クラシックなコンプレッションなので、
色は付きますが劇的な変化もなく、
扱いやすいモードです。
【Optical】
高音域の色付け、
なめらかかつ透明なコンプレッション
を得意とする光学式コンプレッサー(optical comp)の
特性をモデリングしたモデルです。
アタックは遅くレシオが固定されます。
RMSの平均化に長けているので
全体のレベル差が激しいバラード系などに掛けると、
かなり自然にコンプレッションがかかります。
もちろん、アタックを潰しすぎず
生の質感を残してくれるので、
ロックやポップにも向いています。
低域量やピークによっては
ポンピングを起こすので注意しましょう。
【Solid-State】
SSLを想像する文字列ですが、
この場合はFET式コンプレッサーのモデリングですね。
アタックタイムはどのモードよりも早く設定でき、
トランジェントと高音域に独特の色付けを行うため、
パンチを得るのに適しています。
ロック、メタル、HIP-HOPなどは
このモードが最適でしょう。
Nectar3 De-esser
歯擦音(シビランス)を抑えるため、
800hzから8khzにかけて
スレッショルドに応じた
リダクションを掛ける
ディエッサーモジュールです。
コンプレッサーではなく
目的もぜんぜん違うので
当然Gainはありませんが、
Threshold(スレッショルド)の動きが
視覚的に分かりやすく、
ソロモードで抑制している
帯域の音を聴けるので、
コンプレッサーの動作を
理解するのにも役立ちますね。
特筆するべき機能はほとんどなく、
その分扱いやすい素直なモジュールです。
Nectar3 Delay
反響音をシミュレートし空間を作り込む
FXの一種であるディレイモジュールです。
ディレイの時間間隔、
フィードバックに加え、
LFOによるモジュレーションや
動作モード別の
サチュレーションが存在します。
ディレイモジュールは
FXの中でもかなり扱うのが難しいものです。
ミキシングの教科書などには、
ショートディレイを掛けて
ボーカルの質感や空間を変化させる
とよく書いてありますが、
中々実践しづらいというとことでしょう。
基本的なパラメーターをいじるだけでも
効果が得られ応用も効く
そんなNectar3のディレイモジュールは
入門としてぴったりかも知れません。
サチュレーションは以下の5つで動作し、
Amountで掛かりを調節します。
【Digital】
入力信号から特別な色付けを行わず
クリーンなディレイを発生させます。
【Tape】
フィルタリングや
ディストーションなどで音を調節し、
段階的なリピートを発生させ、
経年劣化したテープ信号のようにディレイを掛けます。
【Analog】
よりザラつきや歪みを発生させ、
音にエッジを出すクラシカルなディレイです。
【Grunge】
Tape,Analogより更に汚れ、
潰れたようなパンチのある音を加えます。
個人的には一番お気に入りのモードです。
【Echo】
ディレイに奥行きを与えることにより
エコー効果を出し、空間を広げます。
Nectar3 Dimension
Chorus、Flanger、Phaser
などのエフェクトを掛けることができ、
それらをパラメーターで
微調整することができます。
基本的な歌の質感や色は
EQ、リバーブ、コンプレッサーなどで
形づくりますが、
曲調に合わせたエフェクトや、
パートによって過激な効果を
発生させることで、
より創造的なボーカルを
作ることができます。
それぞれのエフェクトの説明は
以下のとおりです。
【Chorus】
コピーされた原音信号をLFOで調整しつつ
ピッチを変化させることで
ダブリングエフェクトを作ります。
いわゆるユニゾンですね。
【Flanger】
「ジェットサウンド」
と呼ばれるエフェクトです。
コーラスより短い遅延信号を
原音信号に干渉させることで
金属的なうねりを発生させます。
【Phaser】
シュワシュワした音が特徴のエフェクトです。
周波数全体にノッチ(くぼみ)を発生させることで
スウィープしたようなエフェクトを生成します。
Nectar3 EQ
標準的なEQ、ダイナミックEQです。
特筆するべき機能として
Frequency Follow EQ
というモードが実装されています。
通常ダイナミックEQは
特定帯域のレベルに応じて反応する
いわば縦型のEQでした。
しかしこのFollow EQは、
ポイントの周波数ピークを追いかけ、
横に向かって作動します。
要するに、オートメーションなどで
帯域に合わせてEQを
掛ける必要がなくなるため
周波数分布がパートにより大きく変遷する
ボーカルに特化した機能と言えます。
Nectar3 Gate
ボーカルのフレーズ間に存在する
不必要な音をカットする
Gateプラグインです。
無音にして切り貼りするより
自然な減衰が得られるため、オススメです。
Neutron3のGate同様
特別な機能はありませんが、
GUIも見やすく、
Gateプラグインの入門としておすすめです。
Nectar3 Harmony
原音であるボーカルをコピーし
ピッチシフターなどで調整することで
ハーモニーを生成する
ハーモナイザー・モジュールです。
単純なピッチシフトから
midi信号による微細なコーラスまで
対応できる柔軟なモジュールで、
X/Yパッドによる
視覚的に分かりやすい
コーラスの配置なども行えます。
コーラス、ハモリなどを
後付で追加する場合には
オススメのモジュールです。
Nectar3 Reverb
ハードウェアリバーブのEMT 140STを
モデリングしたリバーブモジュールです。
Pre-Delay、Decay、width、Saturation
のシンプルな4つのパラメーターと
フィルターを持ちます。
実機のEMT 140STにはない
Pre-Delayのパラメーターがあるなど、
アナログライクな質感を再現しつつ
デジタル的に細かく追い込んでいくことができます。
スペクトルアナライザーで
入力と出力を同時に表示できるので、
視覚的にも分かりやすく使いやすいです。
Nectar3 Saturation
Ozone9、Neutron3にも搭載されている
サチュレーターモジュールです。
・Analog
・Retro
・Tape
・Tube
・Warm
・Decimate
・Distort
の7種類から
サチュレーションの種類を選び、
Amoutでかかりを調節します。
他のサチュレーターモジュールと違い、
ボーカルに掛けることを
前提としているため、
シングルバンドです。
そのため帯域別に色を出す
という目的には使えませんが、
その分変化や作り込みがわかりやすく、
初心者でも扱いやすいモジュールです。
またサチュレーションされた
WET音の高周波を
ポストフィルタで
調節できるのもメリットですね。
Nectar3 Pitch
最後に紹介するのは、
Nectar3のマザーシップをインサートすると
チェーンの最前段にセットされている
このモジュールです。
いわゆるオートチューンのような
効果も作ることができる
ピッチ補正モジュールで汎用性が高く、
キーをセットすることで
ピッチを補正してくれます。
Nectar3には
Melodyne Essentialが付属しているので
細かい音はMelodyneで調整しつつ
ざっくりとPitchモジュールで
音程を補正すると良いでしょう。
なおNectar3 Plusでは
自動でキーを検出する機能もついています。
さいごに
Vocalという特定のパートに
特化しているNectar3。
専門的ツールであるため、
エフェクト部分で
分かりづらい点も多いですが
細かく作り込める機能が豊富で
非常に優秀なプラグインです。
ボーカルを追い込み
質感を整えていくのは
ミックスにおける創造的楽しさの一つです。